探索19日目

(探索19日目) 「これで、終わりだ…!」 飛び散る血。 鈍い音。 倒れたのは――― ……かすかな意識と共に目を開ける。 視界に入ったのは、天井。 灰色の、天井。 どうやらここは部屋の中のようだった。 身を起こそうとした時、肩に鋭い痛みが走る。 自分を見れば、全身に包帯が巻かれていた。 そうか。僕は、負けたんだ。 徐々に意識がはっきりとしてきた。 遺跡の地下2階。 Triad Chainは情報の全く無い地域を進むことになった。 中でも極めて危険な山岳地帯。 不安は的中し、かってない強敵……大きな牛、そして白い虎と戦うことになった。 そして……負けたんだ。 どこかで浮かれていたのかもしれない。 そう、あの紅の翼を持つ獣を倒した時から。 自分が思ったより成長していることに、自信を持っていた。 それが仇になったのだろうか。 でも。それだけじゃ、ない。 僕は………見てしまっていた。 昨日の哨戒。白い虎の気配が一瞬現れ、去った後。 エルフの血により人より優れた眼に何かが映った。 こちらを窺うように見る小さな影。 つぶらな瞳と視線が交わる。ゆっくりと、藪から姿を見せた。白い、小さな虎。 その瞬間。それを追うように飛び出した猛禽類。……鷹だ。 小さな虎が逃げる。たどたどしい足取り。逃げ切れない! 僕の身体は本能的に弓を構え、矢を放つ。 そして……ギリギリで鷹を撃ち落とした。 虎の子はさらに逃げ続けて……そのまま、木陰へと消えていった。 それが、昨日の夜。 そう。 ―――あの虎には、子がいた。それも、幼き子。 もし、自分がこの虎を倒したら…あの虎の子はどうなるのだろう? 恐ろしい山の中、1人で生きぬけるのだろうか。 いや、その前に母を捜して山を彷徨うのだろうか。 母の冷たくなる身体を前に、何を思うのだろうか。 …いけない。こんなことを考えては、戦えない。 強いものが生き残る、それがこの世界の掟ではないのか。 フォウトさんも仰っていた。「倒せるべき時に倒す」と。 しかし、僕は知っている。 母を失った子の辛さを。 つい最近まで忘れないことはなかった。月に数日の間だけれど。 この虎を倒すならば、その子も共に倒すべきなのだろうか? それが、優しさというものだろうか…… 「危ない!」 誰かの声にはっと気付き、慌てて飛びのく。 自分がいた場所を巨大な体が押し潰していた。 そうだ、今は戦いの時。迷っている場合ではない。 夢中で弓を引く。自分に背後を見せた巨牛。 その背中に矢を放つ。外したものの、それに気を取られた牛へフォウトさんが致命傷を与えたようだ。 だが、それと引き換えにフォウトさんもかなりの傷を負った。 早く手当てしなければ。時間は、無い。 「巻き込んですまない…」 岩の上を仰ぎ見る。大きな白い虎が、倒れた牛を見ていた。 その瞳はどこか悲しそうに見える。緑褐色の瞳に、一瞬青い光が宿った。 白い虎の子が瞼裏に浮かぶ。いけない、これじゃ… 「エゼさんっ…!」 ナミサさんの声がした。いつの間にか白虎がナミサさんの背後に回りこんでいた。 想像もつかないスピードだ! 夢中で足を動かした、その時。 白虎の身体がまばゆいばかりの光に包まれる。 これは……知っている感覚だ。確か―――シャイニングボディ!! ビシャァァッ!! 何かが裂ける音と共に、強烈な光が視界を覆った。 本能的に身を伏せ、横へ転がる。 一瞬の静寂。 手探りで岩の陰にまわりこみ、視力が回復するのを待つ。 続く、静寂。 焦る心、何とか目を開けて向こうを窺った。 ……ナミサさんが、倒れていた。 恐らく光の10連撃を受けたのだろう。 出血は見えないが、早く、手当てをしなければ。 「すまないな」 !! 頭上からかけられた言葉。悲しげな緑の瞳が、そこにあった。 とっさに矢筒へ手を伸ばす。まだ、矢は残っていた。 直後、再び強い光が向けられた。 輝くほどの光ではないが、体力を奪うには十分な魔法の光だ。 眼をつぶり、転がりながら手甲を向ける。 この距離なら暗器でもあたれば致命傷になるかもしれない。 しかし。発動部分にかけた指は、動かなかった。 なぜだ?今、戦わなければやられる。 自分だけならいい。でも、フォウトさんやナミサさんはどうなる。 仲間を守れなくて、何を守るというのだ? 先ほどよりまして頭を悩ませる虎の子を振り払う。 「うわぁぁぁっっ!!」 己への怒りをこめて叫んだ。 そして放った一撃は……エンブレムの魔力。 ――――チャーム、だった。 ひょっとしたら説得が通じる。そう考えたのだろうか。 必死で何発も撃ち……確かに、追い詰めたのかもしれない。 だが、所詮勘に頼った攻撃。半分以上かわされ、そして……反撃を受けた。 「レイ!」 白い虎の強烈な魔力が全身を包む。 灼けるような光。 それに耐えられる力は、もう残っていなかった。 落ちてゆく意識。 「……なぜ」 誰かに訊ねられた気がした。 「あの子は………」 後に続く言葉はなかった。胸に何か暖かい感触。 ゆっくりと、意識が闇に溶けてゆき―――― 「エゼさん?」 ゆっくりと眼を開けると、サフィさんがいらっしゃった。 どうやら再び眠ってしまったようだ。 身体を見ると包帯が新しくなっている。包帯を変えてもらっていたようだ。 笑顔を見せるとサフィさんが安心したように頷き、状況を説明してくださった。 幸いにも、今の自分はそれほど重傷じゃないらしい。 当初は酷かったらしいが、驚異的な回復力だったそうだ。 むしろフォウトさんが辛そうだ、とのこと。ずしりと胸に何かがのしかかる。 ただエニシダさんの手当てにより快方に向かったとのこと。 遺跡外では魔法的な力が働くらしく、皆晩までには全快するようだ。 ふぅ、と息をつく。よかった、みなさん何とか無事で…… その後サフィさんに消毒してもらい、再び眠りについた。 決して痛みで気絶したわけじゃない。でも、できれば……いや、なんでもない。 そして。晩になると本当に身体の自由が戻った。 包帯をほどき軽く身体を動かす。いつもの感覚だ。 軽く屈伸、ジャンプもしてみる。とん、とん。 うん、いい感じだ。 ようやく心が落ち着くと、喉がカラカラなことに気がついた。 半日近く水を飲んでいなかった。近くには何も置いていない。 室内の他を見るとナミサさん、アーヴィンさんが寝かされていた。お二人とも大丈夫そうだ。 しかし、相変わらずアーヴィンさんのいびきは酷い。ナミサさんよく寝れるなぁ… ともかく起こすわけにはいかない。部屋の外へ出る。 水を探すついでに、蟋蟀のエニシダくん達に会いに行くことにした。 サフィさんの話では彼らがパンサー隊やイーグル隊を運んでくれたそうだ。 フォウトさん達も気になるが、女性の寝姿を覗くのはいけない。 いや、まぁ、後でちょっとくらいならいいかな…… とにかく。宿にはペット専用の小屋があるそうなのでそこへ寄ってみる。 途中途中、人に道をたずねながら探し当てて。 ………そして、自分の目を疑った。 大蟋蟀、ラクダの横には―――― 白い、虎がいた。 「やあ、元気かね」 その後、フォウトさんが探しに来るまでの間。 僕と白虎――彼女は、話を続けていた。 僕が倒れた後、虎はとどめをささなかったこと。 それどころか僕達に軽い手当てをしていたこと。 子虎を探すついでに、僕達をシャーク隊の元へと運んでくれたこと。 そして、子虎が僕の懐へ潜りこんでいたこと――― こうして、Triad Chainには新たな仲間が加わった。 負けて得るものもある。信念を貫くなら、きっと。 そう、感じられた一日だった。

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