剱岳・早月尾根報告 (市岡)
♪バ〜イ バ〜イ バ〜イ わ・た・しのつるぎ〜
♪バ〜イ バ〜イ バ〜イ わ・た・しのつるぎ〜
ちょうど2年前、おろしたての松田プラド号から流れてくるアリスの歌をもじって僕達はそんな歌を歌っていた。当時、冬の北岳バットレスを目標にしていた僕達は夏のクライミング、秋の北岳バットレス、闇の太郎坊アイゼン、藤内前尾根、丸山東壁、12月の八ケ岳…と、自分達なりに地道にトレーニングを積み重ねていってた。そんな中で臨んだ11月の早月尾根であっただけに、何とか登りたかった。
‘98年11月20日?頃早朝、周囲はもうすでに50cmは積もってるんだろうか?剣青少年研修センターという馬場島から6kmも手前のところから歩き始める。やっとのおもいでたどり着いた早月尾根にはしっかりとしたトレースがあった。恩田、松田、市岡の3人はそのトレースに沿って歩いていくが、1時間もしないうちに30人ほどの大集団にぶつかってしまう。先頭空身で50歩交代。深いところでは胸までのラッセル。「僕の前に道は無い。僕の後ろに道はできる。」って感じ。3日間で最高到達点2000m。高度差1240m稼いだ。その山行のことは、よく覚えている。外張りの無いテントの中で火をたきながら、3人まるまってぽたぽた落ちてくる滴に耐えていたことや、翌日フラフラで松田さんと向こうの尾根に向かって「恩田さ〜ん、外張り忘れるなよな〜」って、叫んでいたこと。そして、帰りの車、遂に姿を見せてくれなかった剱を背にして、アリスの曲を聴いていたことも。
2000年11月23日〜25日
松田 渡辺 岡野 與五沢 市岡(報告)
11月23日 国立八日市病院(3:30)〜彦根IC〜馬場島P(8:45)〜早月尾根〜(14:30)
早月小屋TS
いつものように(いつものこととなってきました)早朝発で八日市を出発する。北陸自動車道立山ICに着いた頃には、あたりは明るくなっていた。本日快晴。明日も晴天。今回は、天気には恵まれそう。はたして積雪の具合は?プラドは馬場島に向かい快調に進んで行く。いっこうに雪は無し。馬場島はまさに、最後の紅葉シーズンをむかえていた。
「わかん」はプラドにおいていこう。取付きの「試練と憧れ」の碑を通りすぎ、登りにかかる。入山前、風邪気味で葛根湯生活を送っていたので、無理しないようにゆっくり歩き出す。でも、さすが夏の縦走路だけあって、歩いたら歩いただけ高度が稼げる。
しっかりした道のりを一歩一歩行く。「なんかうれしいなあ。」
2年前の豪雪と、先日の東尾根のヤブコギの感覚がだぶついていたので、こんなにもスムーズに進める事が変に心地よい。
そういえば、ここ通ったなあ、とかなんとか言いながら、特に何の問題も無い。秋山ハイク。1400mくらい?からロングスパッツをつける。それでも、夏道ははっきりわかるし、同時に入山した他の3パーティーほどと、抜きつ抜かれつ行く。
見覚えのある最後の地点が2000mの開けたところだったので、2年前はそこまで来られたのだろう。
そこからさらに1時間ほどの所に小屋が現れた。なかなか立派なものだが、閉鎖されていて入ることはできなかった。
積雪20cm。小屋の傍にダンロップの6テンを張る。快晴で、風もほとんど無いが、ペグでしっかり固定し、張り綱も張る。
天気は上々なのでついつい外でマッタリ濡れものを乾かしたりする。
夜は満天の星空だった。
11月24日 早月小屋TS(5:45)〜(7:00)2614地点〜(10:10)剱岳(10:50)〜(13:50)TS
さあ、いよいよ今日は頂上往復の日。松田、市岡は2年越しに目指す剱早月。渡辺、岡野は初の試み。岡野さんにいたっては、剱岳そのものも初の試み。與五沢さんは夏には登ってるが、この時期は2600mまでとのこと。
ヘッドランプをつけて歩き出す。まだ、夏道はわかる。しばらく行ったところで、アイゼン装着。
2614mのピークを過ぎると背丈より高い樹木は無くなり、稜線はハイマツの上に雪がかぶっている。小ピークを越えたり、トラバースしたりする。カニのはさみと呼ばれるところでは、まだ鎖が見えており、そこをトラバースする。
上に行くにつれて、風が少しづつ出てくるが、それでも天気は上々。体調も上々。
最後の登りはルンゼ状の雪壁で、そこを越えると別山尾根に合流した。
もう10mほど先には頂上の祠が見えている。何人かの人がすでに頂上に着いていた。
遠くに槍、笠ヶ岳、振り返ると白馬、朝日、後1ヶ月後に登る鹿島槍も見えている。鹿島槍はほんのり白みがかっていた。頂上で証拠写真を撮り、一息ついたらさっさと下山にかかる。
本日、頂上に至るまで2箇所岩と雪のミックス帯のトラバース、1箇所小ピークの雪面トラバースした。まだ雪が少なかったから、こんなもんで済んだが、もっともっと雪が付いたときにはどんなふうになるんだろう、と考えてしまう。やっぱりトラバースなんてしないんやろなあ。
まあ、なんとか登頂でき、慎重に下って、無事テントまで帰ってきました。
あっ、そうそう。下山途中、人の静かなる滑落を見た。「あっ、すべってる」という松田さんの指差す方角に、滑落しながらもピッケルを振り振り必死に止まろうとしている人がいた。そんなにスピードも感じられないし、アイスバーンでもなかったので、止まりそうでなかなか止まらずちょっとヒヤッとした。でも、無事でなにより。
その夜テントでは、貴重な與五沢さんのウイスキーと松田さんのブランデーをちびりちびり。何を話してたのかよく覚えてないけど…。
11月25日 早月小屋(7:00)〜(9:30)馬場島P
スパゲティー食べて、テント撤収して、便所行って、ヘッドランプはずして、さあ下山。途中までは雪道だったので、故障持ちの女性陣も、いつもよりスピードが上がる。
1日目少しきつそうだった與五沢さんは2日目からは、本領発揮で元気に飛び回ってる感じ。松田さんの赤布付しの竹をもって撮った写真は、きっと絵になっているにちがいない。
そんなこんなで、下山はサクッといって、早月尾根山行は終ったのでした。
感想
「最近ぜんぜん運動してないし、山も行ってないし。もしかしたら、また体力落ちてしもたんちゃうやろか?いやな予感するなあ。」そんなことをふと思ったのは9月の終わり頃でした。
10月から歩き始めてみるが、「やっぱり〜」だった。どうもイメージ通りには体が動いてくれへん。リハビリハイクなんて称してたときは、荷物も軽くてまだ良かったが、伊吹のボッカに、先の鹿島槍東尾根下見ではもうふらふら、くたくた。「こら、えらいこっちゃ」と頭をかかえていてもしょうがないので、いよいよ平日の体力作りにのりだすことに…。週に1回か2回太郎坊さんの階段へ。また松田さん見習って、闇夜のランニング。もともとランニングとかスポーツっぽいことにはどちらかというと好きではないんやけど、ちょっとでもいいから、ハーハ−ゼーゼーすることにした。
恩田さんの事故からもうすぐ1年が経つ。今、自分がやっている山っていうのは、やり残した何かを順番に片づけているような気がする。だから、行きたくなったとき行きたいところへ行っている。早月尾根は2年前、自分の中で山の占める割合が今よりもっともっと大きかったとき、恩田さんと一緒に行った山のひとつでした。そして、限られた日数とあまりの豪雪に敗退を余儀なくさせられたのでした。昨年は仕事で休みがとれなかった(結果的には風邪こじらせて休んでしまったが)。今年、条件こそ違えど、また登りに行って、ピークまで登れたことは、ホンマは結構嬉しかったのです。
いま、正直なところ、技術や体力を向上させてどんどんレベルの高い事をやれるようになりたい、とは思っていません。ただ、鹿島槍の東尾根に今年の冬登りたいと思っています。
(おわり)