メッセージ

最近の精神保健福祉について

南彦根クリニック 上ノ山一寛  

 平成2年、診療所開設時のパンフレットに次のような心掛けを書きました。(1)心を通して身体を見、身体を通して心を見ること。(2)個人を通して社会を見、社会を通して個人を見ること。(3)幼児期から老人期にいたるそれぞれの課題に応えること。今日でいうbio-psycho-socialなアプローチということで、生物、心理、社会のどれにも片寄らずに、病気への統合的な接近を志してきました。

 狭義の精神疾患は、端的にいえば脳における異常事態であり、様々な精神・身体症状を表わします。そしてそれらの症状は人間関係のなかにおいて出現し、社会的処遇に関わってきます。それらに対処していくには生物学的、心理学的、社会学的それぞれ単独のアプローチだけでは困難で、それらを統合したアプローチが必要であると思います。

 精神科医療の守備範囲としては狭義の精神疾患から、いわゆるこころの健康相談にいたるまで幅広い領域にわたっています。不登校や引きこもりを始めとした児童青年期の問題、児童虐待や家庭内暴力などの家族関係に関連する問題、出社拒否や中高年者の自殺増大に見られる産業精神保健の問題など、メンタルヘルスに関わる多様な出来事が社会問題となっています。学校・地域・家庭・職場などでの様々なストレスは、様々な精神的不健康を引き起こしています。

 これまでの日本の精神科医療は精神病院を中心に展開されてきました。脱施設化がさけばれコミュニティケアの必要性は長らく論じられてきましたが、なかなか中身が伴いませんでした。全病床数の2割を超える30数万の精神科病床を維持し続けることを、国が保護してきましたし、市民社会もいったん病気になった人を排除して安定をはかる傾向がありました。その結果精神科医療全体が閉鎖的で暗い印象を拭うことができませんでした。

 しかし今日、地域精神医療の重要な担い手として精神科診療所が登場し、その数が急速に増加していく傾向にあります。街なかで気軽に受診したり相談したりできる場所へのニーズが高まってきているように思います。平成12年4月現在、日本精神病院協会の会員数は1215に対して、日本精神神経科診療所協会の会員数は1034(未組織の診療所を入れるとその3倍)となっています。滋賀県でも精神科入院病床を有する病院12に対して、滋賀県精神神経科診療所協会会員は10です。私は現在、日本精神神経科診療所協会の理事、滋賀県精神神経科診療所協会会長の仕事をさせて頂いてますが、診療所を中心とした、地域での生活に密着した精神科医療を展開していくことによって、コミュニティケアの充実に貢献していきたいと考えています。

 昭和58年(1983年)に始まった国連・障害者の10年をうけて、日本の精神科医療の閉鎖性を変えていく動きが加速されました。それは丁度、精神科診療所の増加などにともなう通院精神医療の充実と、精神障害への福祉的サービス重視への流れと平行してきたように思います。

 平成5年(1993年)12月障害者基本法が制定されました。精神障害に対してはそれまで身体障害、知的障害に比べて福祉サービスが立ち遅れていました。精神障害に対する社会的偏見、権利擁護運動の低迷、そして精神障害の定義をめぐる混乱などが背景にありました。精神障害はその病気のためにさまざまな日常生活上の制限を有する状態、として他障害と同等のサービスの提供を受ける障害として認知されたわけです。

 その後次々と、新しい精神保健福祉施策が押し進められています。平成7年(1995年)障害者プランが策定され、市町村には精神障害者を含む障害者支援計画の策定が求められました。平成7(1995)年にはこれまでの精神保健法が、精神保健福祉法と名称変更され、医学モデルと生活モデルの統合が図られました。そして今春(2000年)の法改正では精神障害者地域生活支援センターを社会復帰施設として位置付け、さらにグループホーム、ホームヘルプ、ショートステイなどの在宅福祉サービスの充実を、今年4月の介護保険の実施に引き続いて、平成14年までに市町村中心の事業として実施していくよう求めました。

 これまでは保健所を中心として精神保健福祉活動が行われてきましたが、今後、身近な市町村の責任において進められていくことになります。例えば滋賀県では彦根市がモデル地区となって、ホームヘルプサービスを中心とした、精神障害者介護等支援サービス(ケアマネジメント)試行事業が始まっています。私はその検討委員会の委員長を委嘱されていますが、医療なき安上がりのマネジメントになってしまわぬように、積極的に関与していきたいと思っています。

以上、最近の精神保健福祉について、主に精神科診療所の観点から述べました。

(補遺) 
(#1)南彦根クリニックは平成2年に開設し、平成6年に精神科デイケアの施設認可を受けました。デイケアは精神科リハビリテーションの有力な手段です。種々のグループ活動を通して、自己表現能力や社会性の向上をめざしています。なかでもsocial skills training(SST)は社会生活をしていく上で必要な技術を身につけていくプログラムとして重要視しています。

 (#2)平成3年からは土曜会が発足し、月に一回の患者家族懇談会や研修会を開いてきました。平成10年からは土曜会メンバー有志による土曜会喫茶が開かれ、患者家族が自由に参加できるサロンの役割を果たしてきました。平成11年には土曜会が発展的に解消し、NPO法人サタデーピアとして認可を受け、共同作業所の設立運動をしたり、研修会講演会を開催しています。

 (#3)この度、診療所を新築移転することになりました。11月23日には新築披露をかねて、大阪府立大学黒田研二教授の「地域精神医療と生活支援」と題する記念講演を新デイケアルームにおいて予定しています。会報紙の紙面をお借りしてご案内申し上げます。

彦根医師会報第41号(2000/9/23)より引用




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