探索手記-8日目-

敗北を喫した。 相手は歩行小岩…小さいというレベルではないそれが2体。 数の上では勝っていた。私の召喚術でこちらは4。倍の数だ。 それを見事にひっくり返されたのだから、地力不足としか言いようがないだろう。 私自身の魔術修練の不足もそうだ。相手の動きが思いの他素速かったというのは言い訳にしかならない。 この敗北を糧に、今後の修練をしっかり行う事にしよう。 全島規模のプレゼント交換会というものがあったらしい。 私の手元には、メッセージカードと共に「バーチャルボーイ」という物が送られてきた。 私は何も送った覚えは無いのだけど、気付けば私の荷物から普段持ち歩いている箱がなくなっていた。 あれは「人」が見たら何事かと思うだろうと考えて封をしておいたもの。 …多分、誰かに届けられたのだろう。届いた人がパニックに陥っていない事を祈りたい。 ちなみにバーチャルボーイは遊具だそうだが、電気が必要なので今は遺跡外でしか遊べないようだ。 いずれ雷の魔法を使えるようになったら遺跡内でも遊べるようになるだろうけど……それまでの辛抱かな。 ちょっと遊んでみた感想は「面白い」の一言。どこでこんなものが開発されたんだろう。 <不思議な森のはなし・1> どこかの時代、どこかの場所に存在する「不思議な森」。 いつからそこにあったのか、そもそも存在しているのか。それすら不明な、「不思議な森」。 様々な地方の冒険者や、商隊すらもそこに迷い込むのだ。 そこへ行った者は口々に言う。 「あそこは常識が通用しない」 時間感覚は元より(なにしろ、森で数日を過ごしても、戻ったその土地では一日と経っていないという事が多々ある)、「どこから来て」「どう帰るのか」すらはっきりとしない。 そんな森の話である。 鬱蒼とした森を歩いていると、突如視界が開ける事がある。 小高い丘の上に一本の大きな桜の木が枝を伸ばしているその場所は、「森」の住人からは桜ヶ丘と呼ばれていた。 春には花を枝一杯に付け、夏は青々とした葉を繁らせて、秋は散った落ち葉がうら寂しく、冬はちらちらと降る雪がどこか悲しいそんな場所。 その桜ヶ丘に、三つの人影がある。 一つは栗色の髪を短く纏めた小柄な女性。 もう一つは燃えるような赤の髪を持った、ゴーグルが目を引く男性。 そしてもう一つは淡い金髪の、先に紹介した女性より気持ち背の高い女性であった。 この三人も、ここの森を訪れる者の例に漏れず「迷い込んだ」者達であったらしい。 このような不思議現象に見舞われて平然としているのは、彼らの冒険先自体が不思議空間であるからだろうか。 兎に角、三人は桜の木の下で井戸端会議中のようである。 「私はアルコールを体内に入れるとエネルギー機関に悪影響が及ぶ可能性がありますので、遠慮して食材の採集に来たところでした。…彼らのアルコール摂取量は常軌を逸しているかと思います。人間も過度の摂取は害があると聞きましたが…?」 栗毛の女性──アルテイシアが言った。 発言から解る通り、彼女は人間ではない。 人間に良く似せた「自動人形」。機械仕掛けの人造生命体であった。 「過剰発熱…?酒を飲むと身体が熱くなり、酩酊状態になる…そういう事、なのかな。」 こちらは金髪の女性。 自動人形という物と関るのは初めてであり、理解に時間を要している。 彼女達が話題にしているのは、新年会と称した宴会。探索が一段落し、現在の探索先である「遺跡」から外に出た時が丁度年末というタイミングであった為、骨休めを兼ねて宴会となったのだった。 各々飲み続け、酒樽が二つ三つ空いた頃にそれぞれ散歩や食料調達に出かけてここに至ったのだ。 「ふむふむ…嬉しいことに暫くは戦闘行動休みになっとる訳やが…。どうや、飲んでみぃへんか?」 ワインのボトルを掲げ、赤毛の男が提案する。「酔う自動人形」という存在に興味を引かれたのだろう。僅かに笑みを浮かべていた。 だが、男とは対照的にアルテイシアは困惑しているようだ。 「先ほど警告しましたが、行動が鈍るというレベルで被害が抑えられる保証はありません。発熱により制御系に障害が発生した場合、最悪敵味方の判別ができなくなる可能性がありますが、それでもよろしいですか?」 「…しゅ、酒乱?」 困惑するのも当然だった。 創造主にアルコールの摂取を禁じられ、その理由としてこの事柄を知っていただけであり、実際にアルコールを摂取した場合の行動が全く解らないのだ。それ故に、「敵味方の判別が出来なくなる可能性がある」と最悪の状況に陥る事に対しての警告も含めていた。 彼女は見た目とは裏腹に、強力な攻撃力を持っている。普通の人間であれば、それこそ軽く死に至るだろう程のものだ。 それはこの場にいる二人も承知している。もし彼女が襲い掛かってきたならば、五体満足では居られないだろう。 「うーん。まあ…その時は誰か召喚して抑える事もできるだろうし。大丈夫じゃないかな?」 「…セレナの召還次第やな、これは。」 セレナと呼ばれた金髪の女性──ちなみに男はアーヴィンと云う──は、召喚術を使用する事が出来る。万が一の場合は適当な物を召喚して抑える心算なのだろう。 但し、そうした所で本当に抑えきれるかどうかは定かではないのだが。 「どうしても、と言われるのでしたらば、飲んでみますが…。申し訳ありませんが以後の行動に責任を持つことはできません。よろしいのですね?」 「……念のため、予め歩行雑草かジャグラー喚んでおく?」 「…。生命の危機を感じたら酔いが冷めるまで、離れて様子を見るのが正解やろか…。」 再びの警告は、真に迫っていた。本人すらどうなるか解らないのだ。それは当然の事であった。 酒を勧めていた二人も、その言葉に一瞬たじろいだ。 たじろいだのだが。 「…。ま、何とかなるやろ、きっと」 「…そうだね。なんとかなるよ、きっと。」 しかし、興味の方が勝っていた。 二人のその言葉で、アルテイシアの自制も緩み──彼女自身、自分の身体に対する興味という物があった──、承諾したのだった。 アーヴィンからワインの入った器を受取り、一瞬の間の後に意を決して口に含む。 「…」 「…」 「…」 暫しの沈黙の後、アーヴィンが呟いた「さあ、どうやろ…」という言葉と同時にアルテイシアは膝から崩れ落ちた。 全ての力が抜けきった──人間で言うならば、意識を瞬間的に手放したかのような崩れ落ち方である。 アーヴィンがアルテイシアを支えようと手を伸ばしたが、彼女は自動人形であり人間ではなく、当然体重も人間よりかなり重い。一人で支えるのはかなりの骨であった。セレナも慌てて支え、二人掛かりでどうにかという様子だった。 「……熱い?」 電源が落ちたかのようなアルテイシアを支えつづけている二人だが、やがてアーヴィンがアルテイシアの変化に気付いた。 体温が上がっているのである。それも、普通の発熱といったレベルではない程だ。 「熱ッ、熱過ぎるでッ!!」 耳の部分からうっすらと白煙が上がり、上昇しつづける体温はコート越しでも感じられる程明らかな熱を持っていた。 このまま支え続けたならば、確実に火傷を負うだろう。それも、重度の火傷になる事は容易に想像できる。 「あ、熱いなんてもんじゃないよこれ!?と、とりあえず寝かせておこうよ!」 「せやなっ…っと、どっこいせっ…」 二人の意見が一致しどうにか草地に寝かせたものの、下敷きとなった草からも湯気が上がっている。 場合によっては着火すら覚悟しなければならないかもしれなかったが、その覚悟を二人が決める前に湯気が収り、体温が徐々に正常に戻りつつあった。少しの間を置いて、アルテイシアがうっすらと目を開く。 「これは…」 「お、よう。目ぇ覚めたか?」 「…だ、大丈夫?」 アーヴィンがアルテイシアの目の前で二本の指を振って見せ、「何本に見える?」と尋ねた。 「二本…いや、三本?」と答えるアルテイシアに「アカンわ」と肩を竦め、苦笑する。 ワイン一口であっさりノックアウトするという事態は想定外だった。 早々に戻り休むべきだという意見で一致した三人は、この発熱で一部機能に不具合が生じたアルテイシアの手を引いて遺跡外のキャンプへと戻るのであった。 「ごはんです。ごはんを炊きましょう!」 「ま、まだ酔っ払っとるっ!?」 <不思議な森のはなし・1/完>

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