探索15日目

探索十五日目。かの獣使いとの決戦であった。
流石に些か緊張はしていたが、考えてみればこれはただの通過点に過ぎない。
負けるわけにはいかないし、負けるはずもないのだ。

エドと名乗った少年は、明らかに栄養が足りていないような体型をボロボロの外套で包んでいた。
手枷のようにも見える鎖は、黒く翼の生えた狼に似た獣へと繋がっている。

魔獣に繋がれているのか、魔獣を操っているのか。どのみち我々の、私の進路を妨げる者に容赦はしない。その必要もない。
如何なる事情があるのか、少年は操られているのか。そんなことはどうでもいい。


武勇、熟練、欲望、悦楽、狂気、誇り、名誉、精神、人道―――


そういった平和な時代に語られて然るべき概念が、急速に自分の中で凍結し、その欠片すらも霧散していくのが分かった。
これから起こるのは、戦以前の醜悪な命の削り合いなのだ。
極力エゼ君やナミサ君には削り合いに参加して欲しくはないし、醜悪な自身を見せたくない気持ちもある。
だが、もう遅い。
極限まで研ぎ澄まされ、しんと静寂をその上に乗せる鈍く光る刃が頭の中に鎌首を擡げるように浮かび上がる―――

「抑えて抑えて……、殺しちゃ―――

少年が何か言っていたが無視した。





長期に及ぶ削り合い―――まさしく命の削り合いは、こちらに大分余裕を残したまま決着が付いた。
魔獣は息も絶え絶えに我々の足元へ倒れ伏し、少年もどうにか生きているといった血まみれの様相で、地に腰を付けていた。
数々の裂傷や刺さったままの弓、雷撃で皮膚が焦げる臭い。
我々の圧勝だ。

確かこの少年は門番だとか言っていた。そう、ならばこの場で首級を上げてしまえば全冒険者が少しは安全にこの先を進めるのではないか。
地上の冒険局に差し出せば幾らかの換金になるやもしれないし、第一、戦場に於いて、倒れた敵将の首を取らぬ間抜けは居ない。

「つぅぅよぉぉいぃぃぃっ!!」

錯乱したか恐怖故か、私はくぐもった叫びを上げる少年の頭を掴むと、まずは頸動脈を薙ぐべく短剣を振りかざした。
相当に研いである上に斯様な行為は多少なりとも慣れている。
苦痛をなるべく与えないで絶命させる、せめてもの慈悲。
だが―――

「ダメです、やめて下さい、フォウトさん! もう彼は戦えません!!
降参してるじゃないですか!!」

背後から飛んだ声変わりのしていない声、そして私の手を背後から取る腕と羽交い締めにしようとする腕。

エゼ君だった。

大きく出来てしまった隙をつき、どこにそんな力が残っていたのか、少年はボロボロの魔獣と共に逃げ去っていった。
最後に人を食ったような物言いと笑みを残したまま。




地上に戻り、メンバー全員の無事を確かめ合うと、各々は疲れたような、それでも晴れ晴れとした顔をして休息のため宿へと散っていった。
だが、私の心は晴れぬままだ。

何故エゼ君があの場で止めたのか、あの場ではまるで理解できなかったのだが、ようやく考える余裕が出来て分かった。
思考回路の違いというのは恐ろしい。
だが、もしもあの少年が怪物の姿をしていたら、彼は同じように止めたのか?

別の靄々とした思考も同時に浮かんでくる。
戦意のない者の喉を裂いて殺害する。それは父上の凶行とどう違うというのか。
それを止めたのは、父上がその方法で殺害した女の息子なのだ。
一体どういう巡り合わせなのか。

街はずれの広場で焚き火を囲んで休憩しているとき、同じ獣使いでもあるサフィさんや、隊で最も話しやすく信頼に足りる
エニシダさんと歓談する機会はあった。
しかし、どうしてもこれらの靄がかかった感情を吐露することは敵わなかった。
否、吐露する以前に、うまく説明するための言葉にならないのだ。

―――春も近いというのに雪が降ってきている。地上を白く覆い尽くそうという雪の慈悲。
それすらも避けて、暗い遺跡の中に、私は行こうとしている。

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