探索3日目

遺跡上空の蒼い空は高く、どこまでも続くようだった。 風は切れるように冷たく、しかし澄んだ空気を運んでくる。 そこここに溢れる緑は季節とは関係なく生い茂り、ここが異境の地であることを示す。 ――― そして現時点での状況は最悪だった。 厄介な毒を持つ甲殻類、しかも言語を解する奇怪な蠍が出てきた。 毒を持たぬ蠍というものにお目に掛かったことはないが、喋る蠍というのものまた同様だ。 そして言語を解するという事は、話し合いが通じるという事と、必ずしもイコールではない。 撃退は激戦となった。 たかが蠍と思っていたが、この島の生物を外界と同じくして考えてはいけないようだ。 ましてや組んだばかりの分隊である。探索に適したスリーマンセルと言えど、各員の馴染みが薄 いのは否めない。 数通りの戦術が脳裏を過ぎ去って行った後どうにかバラバラに出来たものの、私の脚には数カ所 の刺し傷。頑丈な戦闘服故に大事に至らなかったものの、毒が全身を駆け巡り、気がついたとき には片膝をついていた。 かなり頻繁に見かける素足を露出したまま遺跡を探索する少女たち、あれらはやはり人外の頑健 さ故なのか。それとも別分隊の機械少女・アルテイシア嬢と同じ種族なのか。 謎は尽きない。 消毒代わりの強い酒を垂らし、炙った短剣で毒諸共傷口を焼く応急処置を施していると、同分隊の ナミサ君が驚きの声を上げた。 別分隊のエニシダ氏と我々が離れてしまったらしい。 氏の物質合成を試みようとした所、姿が確認できなかったということらしかった。 現在エニシダ氏を除く総員が、如何に救助と探索を両立するかで話し合っている。 別分隊の弓師・アーヴィン氏が良い提案をしたおかげで、驚くべき早さで行動指針は纏まっていった。 かく言う私は、ほんの少し離れた所で岩にもたれかかり、毒が身体から抜けるのを待っている。 ものの本で読んだ記憶がある。 走馬燈というのは、死に際の人間が自らの記憶の中から死を回避する方法を反射的に検索する現象 であり、動物的本能なのだそうだ。 それに沿うと走馬燈を見るほどの毒ではなかったようだ。 走馬燈には親しい者や愛情を注いだ・注がれた者の姿が見えると言うが、長い傭兵稼業でもそんな ものを見たことはない。 親兄弟や世話になった者の顔が浮かぶ、などということもなかった。 只の俗説と片付けることは容易だが、今の自分は死に際に何を見るのだろう。 今の隊は遺跡探索を目的として結成された面々で構成されている。 三番隊の構成員は、私の他に少年が二名。 一人はエゼ=クロフィールド君。エルフかと思っていたのだが、ハーフエルフとのことだった。 なるほど整った顔立ちはエルフのものだが、頑強そうな体躯は人間に近い。事実彼の耐久力はかなり 高い。 エルフと人間の間の子供とは、両親はさぞかし苦労の末に結ばれたのだろう。機会があったら聞いて みたいものだ。 弓の腕前もかなりものと踏んだが、本人は悩める思春期真っ直中らしく納得が行っていないようだ。 気にする程のことでもあるまいに。 もう一人はナミサ=クィンテット君。こちらはれっきとした人間だ。 少年とは言っても青年に近い年齢で、悩める年齢からは脱却しているようだった。 眼鏡が特徴的で、利発そうな物言いが好印象。年齢の割に落ち着いて見えるのは、魔術師の特色なの だろうか。 確実に物事を進め、おそらくは自身の管理も心身共にしっかりとしているのだろう、エゼ君とは見事なま でに好対照を成している。 他の隊の面々も一筋縄では行かない者たちばかりのように思える。 機会があれば記述していこう。 果たしてこの一団とは、あくまで遺跡探索のみで繋がる縁なのか。 それとも探索が終わった後も、何らかの事柄で繋がる縁なのか。 もしかしたら死に際に浮かぶような縁を築く者が居るのか。 いずれにしてもまだ先は長そうだ―――

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