探索12日目

探索十二日目。
未だ紅い翼を倒すには至らぬと判断した我々は、暫くこの地に留まることになった。
やってくる物怪を撃退し、訓練を積む。
武具をよりよい物へと改造したり、新たな武具を作ったり、魔法の効果を付加したり。
食料が心許ないのは正直なところ不安だが、おかげで落ち着いて色々なことに取り組める。


―――夜間、皆が寝静まり、私に見張り番の順番が回ってきた時を見計らうように、またしてもあの狼が現れた。
銀色の毛並みが風に揺れ、波打ち、月光に反射して朧に煌めいている。

頭の中に直接語りかける、思念能力を使う獣。以前”森”で出会った狼に相違ないだろう。もっと早く気付くべきだった。
狼は父の既知の者だった。首飾りも父からのものだという。
私が死んだ後に渡されたのだろう。


『死んだはずの娘が、なぜ、ここにいる……?』


驚いたことに、私の中身の方を見抜いているようだった。
ならば話が早い。月夜の晩の、奇妙な語りの舞台が始まった。
主演は私と銀色の狼。
観客は月だけ。
BGMは風と砂の音、焚き火の爆ぜる音、パーティメンバー達の微かな寝息。

――――――――――――――――――

戦役で死んだ私は天に召されなかった。
未練があるが故だろう。一人残った父が心配でならなかったのだ。
だがこれを転機に父は、暗い闇へと、人としての尊厳を捨てた道へと足を踏み入れ始めていた。

よくは覚えていないが、当時いくつもの派閥のようなものが、その国ではあり、事あることに戦争が繰り広げられていた。
その中の、もっとも邪悪かつ冷徹、血も涙もないとされる派閥に父は加わったのだ。仇討ちのつもりだろうが、当然私はそんなことをされて嬉しいはずがない。

だが父には、魂となった私の声は聞こえない。
暴行、虐殺、暴行、ありとあらゆる凶状に手を染めていった。
何度泣いても叫んでも、父には私の声は聞こえない。
眼前での繰り返される惨劇からも目をそらすこともできない。




―――そして。
幾年か経過したのち、憑き物でも落ちたように、父はふらりと訪れたイススィールという島で市を始めていた。
相変わらず私に気付くことはなかったが、運営も軌道に乗り、新たな知人友人も出来、大分穏やかになっていた。
私の大好きだったころの父に。
市を畳んで人に任せるという段階になっても、その穏やかで陽気な様子は変わらなかった。私は傍らでホッとしていた。いよいよ天に召されるときが来たかと思っていた。


しかし。
”森”にて父は、またもや凶状を作ったのだ。
両者の間で如何なる会話ややりとり、事情があったのかはよく覚えていない。ショックのあまり忘れてしまったのだろうか。

私が泣き叫ぶのを止める頃には、眼前のエルフの女性はぴくりとも動かなくなっていた。
喉からは夥しい血潮が噴き出して、辺り一面を朱に染めていた。
エルフには珍しい黒髪は、血の海に広がり、赤と黒の奇怪なコントラストを作っていた。

父は血まみれのカトラスを持って立ちつくしていた。



――――――――――――――――――


この島に来たのは、偶然だった。
元々父が来るはずだった招待状を、私が勝手に拝借したのだ。
元々徒党を組むつもりはなく、単独で遺跡に挑むつもりだった。

冒険者の登録所に、ある少年の姿を見つけるまでは。

髪の色は違えど、顔立ちがそっくりだ。父の殺した、あの黒髪のエルフに。
子供がいたのだ。
子供がいた女を、父は斬り殺していたのだ。

私は決心した。
せめてもの贖罪。父上が作った罪を、私がどうにかしたかった。
見ているしか出来なかった私だったが、せめて、せめて。
母親の代わりには遠く遠く及ばないだろうが、姉の代わりくらいにはなれるだろうか。




どうか健やかに、一人前になって下さい。
それが私の、心からの願いと、贖罪です。

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